馬花330
窓から射す陽光が君に降り注ぐ
ゴールドブラウンに染められたストレートのロングヘア、その繊維はとても細くてしなやかだった
触れてみることができたなら
僕の生命線より繊細なその頭髪に触れてみたい
正面のデスクに座る君をいつでも見つめている
「おはようございます」
私の主な仕事は商品の受注であった
営業がとってきた注文を受けて、オンラインシステムに入力する
受注センターにつながって、私の入力した内容に応じて受注商品が確認される
さらに配送センターへと注文履歴が回って商品が得意先へと届けられる
営業だけではなくて、得意先から直接メールや電話でも注文を受けることもある
注文をしてくるのは得意先の発注業務に携わっている事務の女性が多くて、毎回決まった人間なのでやり取りをしているうちに妙な親近感に捉われることがある
私は本社営業部第一課の事務員だ
「おはよう」
また笑う、私の方だ
この人は、私を笑にする天才なのかもしれない
私の名前はエミだ
この男性の隣に付きついていられたなら、父の願いが万感と成就するのでなかろうか
今は、正面にすわる
「この注文をお願いします」
「はい」
彼が朝一番に差し出した受注書を受け取る
昨日の営業で獲得した注文だろう
ファイルにノート、メンディングテープ、ステープラーに手帳
最後に2Hの鉛筆40ダースを入力して、受注センターへ送信した
私は本社営業第一課の事務を担当している
はっきりした二重瞼にマスカラを施す、大きな瞳だった
小柄で華奢な肉体、人形のような娘だった
美しい顔立ちにもかかわらず綺麗というより可愛いという形容が適切に感じられるのは、150から155cm程だろう、その小ささが可愛いを決定づけていた。美しい女だった
「原田さん、身長いくつなの」
「154cmです。チビなので」
「小柄だものね。細いし」
「全然です。脱いだらすごいんです」
「すごい」
「お肉けっこうついてます」
僕は彼女が好きだった
出会いが数年早ければと心から思う
後頭部に妻の視線を感じながら、君を想っている
入力が済んだようだ
また
僕の注文を受け取ってくれるかい、
もっと、もっと大きな
「なんでも言ってね」
入社して数日のことだった
彼女は私の教育係として仕事の一切を教えてくれた
それから、社内恋愛の末に結婚をしたこと、夫が私の目の前の席に座る彼であること、子どもが生まれるまでは社に在籍して仕事を続けようと思っていること、不妊治療を受けていること
「結婚しても異動にならずに仕事させてくれたの」
夫婦で同じフロアで仕事をしていて、同じフロアで生活をしている
妻は本社営業部第四課の事務担当だった
・
入社して半年が経った
妻との関係は良好だったはずなのに、悪魔が、私が彼女の悪口を言っていると吹き込んだ
“あの人は教えるのが下手です”というニュアンスの言葉を私が発言したというものだった
私はある男性の営業社員がそれとなく言った言葉に不審を覚え、詳しく訊いたのだ
「言ってないの?」
「言うわけないじゃないですか!寧ろ感謝しているくらいです」
「そうだよね。結構、丁寧に教えてたよな、彼女。いや、俺もおかしいなと思ったんだけどね」
「どうしてそんな。言うわけない」
「誰か、いるから。社会ってのはさ。うまくいってる関係を壊して喜ぶヤツなんてのがさ。いるんだよ。誤解だけ解いておいた方がいいんじゃない」
「はい、ありがとうございます」
関係は戻らなかった
私はそんな趣旨の言葉を言っていない、しどろもどろになりながら、感謝しているなどの言葉を混ぜながら、彼女に伝えた
彼女は笑いながら”大丈夫だよ、わかってる”と言ってくれたが、その後明らかに私を敬遠する態度は、彼女の心中が穏やかではないことを物語っていた
懇切丁寧にこの会社でのイロハを教えてくれた妻
聡明な彼女だから、社会の馬鹿馬花しさや会社には悪魔が潜んでいる事実も、承知しているだろう
しかし、物事を教えた本人から教え方が下手などと言われた以上は、陰謀だと分かっていても、距離を置きたくなるのが人間なのだろう
彼女に頼り切っていた女性関係は崩れ、人の悪口を言う女のレッテルを貼られて、私は背を丸めた
「大丈夫、原田さん?」
はっ、はい
光
「ヒカリさん、あ、大丈夫です」

ナンデモイッテネ
夫婦揃って”なんでも言ってね”なんて
もともと波長の似た二人が結びついたのだろうか
それとも同じ屋根の下で暮らす時の中で、同じ言葉が口癖として根付くのだろうか
きっとこの男性は優しくて、奥さんに”なんでも言ってね”なんて声をかけるうちに、妻も言葉を覚えて”なんでも言ってね”を口にするようになったのだろう
どうか、その逆でないことを願う
妻の口癖が移った男でないことを願いながら、2026年2月25日水曜日、八重歯を光らす
「なんでも言ってね」




馬花329
ふう

近隣を歩くと、椿が植栽されていて目をやると麗しい花が赤を主張している
華麗なその花は、利発で大人の女性を連想させた
光沢を持つ照葉樹で、その葉は精悍な男性を思い起こして一体感、調和を醸す

例えば、椿の葉が可憐なスイートピーのピンク色であればその花の佇まいも変貌するのであろう
それは花の存在感を削ぐことになるかもしれないし、呼吸を殺ぐほどの感動を生むかもしれない
いずれにしても、緑の葉は縁の下を想起させるし、花を担ぐ様は一景であろう

さて、葉牡丹であるが、それこそ茎が力強い
脊椎のようで、生命力を感じる、寿命を分けてもらえそうだ

雨水である
暦の上で今日この時は、立春を越えて雨水だ
雪が溶けて雨に変わり、雪や氷もやがて水へと流れ移る
それを股ぐと、啓蟄が来る
冬ごもりをしていた虫達が顔を見せて、
やがて春分がぽかぽかやってくる
雨水である
雨が上がれば、決まって





馬花328




馬花327

「はい、みんな、バレンタイン」
「アタシ、ありがとう」
今日は日曜日なので学校は休みで、
ある河川敷に集合していた
「今日15日だけどな」
アスカが言う
「追いかける」
「追いかける?」
ドラムアスカがバラエティパックを手に取り上部を引っ張る
「いい、みんな。2月15日。アタシから3人へのチョコ、これは”追いかける”の誓いだと理解して」
アスカがホワイトチョコのパームロールを口に放り投げた
「うまい」

「ねえ、アタシ。”追いかける”ってなに?夢とか」
「ええ、そう。夢チョコね」
ヒトミが板チョコをスライドさせて銀包みを剥き出しにした
「へえ。だから、1日スライドさせたってことか。追いかけるね。ふむふむ。好きってことじゃないの?」
「好きよ。メンバーだもの。でも、今はみんなで志を共有したいから。夢のバレンタイン」
「そうなのか。15日だもんね。スライドバレンタインだ。僕この板チョコ大好き」
ベースヒトミが端の三つのブロックを折って、チョコが銀紙から顔を覗かせる
「おいしー」
「ヒトミ、食べながらでいいから一回練習しよう。アスカとユキも」

「アタシ、ヴィジュアル系やるの?」
ユキがチョコクロワッサンの包装を破く
「うん。そう、ヴィジュアルロックの方向性で考えてる」
「結構、昔じゃない。僕たちが生まれる前でしょ。流行ったのって」
アタシが水上を這うボートを瞳で追いかける
「2回目の波が来る。必ず時代は巡る。それだけよ。先頭を走る。それだけ。それに」
「それに」
「楽しいわよ、きっと」
2隻目のボートが4人を通り越した

「うう、」
「どうしたの、ユキ。なんで泣いてるの。チョコおいしい?」
「僕、下手クソだから。練習してもなかなか上手にならないし。不安だし」
「みんな一緒よ。でも、諦めなければ絶対に上手になるから。実感がなくても絶対に上手になってるから」
「うん、うん」
「このバンドのギターはユキ。あなたしかいないのだから。どんなに上達しなくてもみんな、”待ってる”から」
「待ってる」
ユキが笑う
いつか、紅一点のアタシが迷い悩んだなら、3月13日にホワイトチョコを差し出してあげよう
僕たちはいつでも待っている
手を取ってあげるから、必ず
「みんな練習してきた?ユキ」
「BELOVEDのサビ。できるようにならなかった」
「うん、わかった。ヒトミ」
「メリッサと天体観測。下手過ぎてやんなっちゃうよ」
「うん。いいわ。記録残しとかないといけないから」
「アスカ」
「俺は別メニューだ」
「なによ。それ」
「腰、痛い」
「ジジィみたいなこと言ってるわね」
「ああ、そうだ。自由にさせてくれ」
「いいわ。ギターとベースは課題制ね。ユキ」
「うん、僕はジュディマリの Radio練習するよ」
「そうね、お願い。ヒトミ」
「教本通り進めるよ。マキシマムザホルモンのぶっ生き返すと、GO!GO!7188のこいのうた」
「はい、じゃあまた来月15日ね」
はい
如月の中旬でも、春の陽気だった
15時を過ぎて少し肌寒くなっていた
「そろそろ帰ろうか」
アタシの口にはエリーゼが咥えられていた
「ああ、そうだな。帰るか。アタシは何で来たんだ」
「チャリ」
アスカが右手で腰を摩りながら、左手にはルマンドをつまんでいた
ぼんやりスティックに見えて目をこする
「ガールズロックもやるのか」
「うん、そうね。とにかく低く歌う練習してみる」
「低く」
「そう、そうね」
じゃあ、帰ろうか
うん、アタシが自転車に乗り込んで、男子3人が見送る
じゃあね

ハミルさん
おはようございます
おはよう、おはよう
一応、場所だけ決めておきました
よかろう、よかろう
ルミヤくん

いつの日か、ここでやるのです
らじゃ、らじゃ、ぶらじゃー!
ちょっと、ハミルさん
元気ですね、寝起きだからですか
私ちょっと下ネタは・・
はあ、よく寝た
シングルベッドで寝ないでくださいね
すいません
ベッドなんて使っちゃって
そっちではないです
ああ
名星権が与えられるようです
ほうほう
発見者ですか、発見星者ですかね
ええ、星
やっぱり河川敷がよろしいのでは
でもですよ、ルミヤくん
関東でしょう
ハミルさん
わかってらっしゃる
見えないんです
第1候補仮でいいんではないですか
はい
いい山ありますよ
ハミルさん
いい海ありますよ
いいですね
アイスランドとか
オーロラですか
でも、ですよ、ルミヤくん
そうですね、きっと
そういうところなんですかね
アラスカとか
ええ、ええ
島とか
だってだってですよ!
どうしました、ハミルさん
夢でも見てたんですか
普通に考えたら、新星を見つけることなんかできないですよ!
ハミルさん・・
熱くなってきましたね
普通に考えたら
関東じゃ無理です
日本じゃ無理でしょう?
肉眼でも!満天の星空が輝きまくり
闇を星のみが埋め尽くすような
この世にあり得ないような!信じられない
スターが私たちを!殺す
まあ。まあ。いいですよ、ハミルさん
これ十五ヤから

夢ショッテいきましょうよ

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